7月の展示替えを行いました 

7月7日(火)から、常設展の展示スペースを一部入れ替えました。

今回のテーマは「女性の憧れ 明治・大正・昭和のイラストレーター」です。

野田宇太郎は、明治42(1909)年に生まれ、昭和59(1984)年に亡くなりました。

元号が平成になって27年が経ち、野田宇太郎が生きた時代は、私たちにとって、だんだん遠いものになってきました。

そこで、今回はいつもと違う視点から野田宇太郎の生きた時代を見つめる、というコンセプトのもと、

明治・大正・昭和のイラストレーターを取り上げます。

なかでも、女性に人気のあった画家たちを中心に、彼らの生き方や表現されたイラストから、

野田が生きた明治・大正・昭和という時代を感じていただきたいと思います。

最初にご紹介するのはプラトン社発行の「女性」という雑誌です。

この号は大正15(1926)年9月のものです。

表紙の絵を描いているのは山 六郎(やま ろくろう、1897〜1982)で、

山は、プラトン社の仕事を多く手掛けています。

フランスの美術などの影響を受けてはいますが、その独自の画風は、

今見ても新鮮に感じます。

戦後は、故郷の高知に帰り、美術教育に携わったそうです。

当館に残されている野田宇太郎が所蔵していた雑誌は、詩や文学に関わるものが大半で、

女性向けの雑誌は、ほとんどありませんが、この「女性」は数冊所蔵しています。

執筆者が、泉鏡花、谷崎潤一郎、與謝野晶子などで、北原白秋や蒲原有明が寄稿していることもあったからでしょう。

プラトン社は、大正から昭和にかけ、モダニズム文化の確立に大きな影響力を持った出版社でした。

こちらは、吉井勇『源氏物語』〔大正7(1918)年1月、新潮社〕です。

装幀を担当したのは、竹久夢二(1884〜1934)です。

竹久夢二については、以前もご紹介したこともあり、

やはりこの時代のイラストレーターを語る上では、外すことができない

人物です。

ここでイラストレーターという言葉を使っていますが、明治〜昭和にかけてのイラストレーターたちは、

とてもひとことでは表せないほど、多彩な活動をしている人が少なくありません。

竹久夢二もその一人で、画家としての側面はもちろん、雑誌の挿絵、本の装幀、商業デザインなど、

その活躍は多岐に渡るもので、さらに詩人としても活動していました。

野田宇太郎は、竹久夢二の写真(複写)を持っていますが、夢二が詩人でもあったことが野田の興味を引いたのでしょう。

『源氏物語』の裏表紙です。

夢二といえば、すぐに想像するいわゆる夢二式美人は、

表紙にも裏表紙にも描かれていないどころか、どちらも顔を隠しています。

しかしデザイン化された髪、着物、背景の表現と、鮮やかな色の組み合わせは、

夢二の確かな商業デザイナーの力を感じます。

この他にも、明治〜昭和に活躍したイラストレーターたちを数多く紹介しています。

イラストレーターの中には、一世を風靡しながらも最近まで詳細が分からなかった作家や、

近年になって再評価された作家もいます。

明治・大正・昭和という激動の時代を生き抜いたイラストレーターたちを支えたものは、どんなに困窮していても、

絵を描きたいという、その情熱でした。

それは、戦争など時代の大きな変化に飲み込まれても、自分の進む道を信じて、文学への情熱を失わなかった

野田の姿とも重なります。

常設展の野田宇太郎の生涯と合わせて、明治・大正・昭和の時代へ思いを巡らしてみて下さい。

さて、こちらは、少し変わった雑誌「時世粧(じせいそう)」です。

昭和10(1935)年10月、時世粧同人会発行で、以下のように書かれています。

"「時世粧」は、気短な宣伝を、直接的な効果を目的とするものではありません"

16人の同人が、それぞれの働くお店を紹介する、という形で、

とてもお洒落で優雅な広告本といった雰囲気です。

非売品で、同人でもある堀口大学の訳詩や、東郷青児の随筆なども

掲載されています。

新収蔵品「博多と福岡」です。

中央ステージに展示しています。

「味の手帖」掲載、昭和56(1981)年のものです。

200字詰め原稿用紙で11枚に書かれています。

今回は、1枚目のみを展示し、横に全文を活字で印刷したものを

置いています。

野田の故郷への思い入れの強さが伝わる文章です。

カラフルで色鮮やかなイラストレーターたちの作品が壁面スペースを彩っています。

いつもと少し違う雰囲気の展示をぜひお楽しみ下さい。

皆様のお越しをこころよりお待ちしております。